Photo exhibition 尚玄 〜映画「義足のボクサー」の軌跡〜

2022/4/23 24 キングスカイアートフェス

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土山直純というボクサーがいた。土山はプロとして日本のリングで闘ったことはない。高校時代にインターハイの活躍で十分な実績を残していたにも関わらず、日本ボクシングコミッションは土山にプロライセンスを与えることはなかった。幼少期に右膝下から切断した「障がい者」であることが理由だった。ボクシングは一般的なスポーツとは異なり、命のやりとりが存在する。ボクサーはその情熱と磨かれた本能に殉じて、命を差し出すような闘い方をすることがある。そういう闘い方をすれば人々は熱狂する。だが、その代償としてボクサーの身体には深いダメージが残る。リング禍で命を落としたボクサーは少なくない。故に下肢障がいというハンディキャップを持つ土山にプロのライセンスを与えないというコミッションの判断は、ある意味正しいと言えるかもしれない。 

 だが土山は「障がい者」であるというリスクを引き受けて、単身フィリピンへ渡りプロボクサーとして闘う場所を勝ち取る。結果としてチャンピオンになれたわけではない。だが、土山がそこまでして闘いたかったのは何故なのか。潜在的に求めていたものは何だったのか。 

 映画「GENSAN PUNCH」は義足のボクサー土山直純をモデルにしている。主演の尚玄は8年前から土山の生き様を映画にするために奔走してきた。映画人として、俳優として生きる尚玄が、なぜ土山直純の物語にこだわってきたのか。生きている場所は違えど、尚玄が潜在的に求めるもの、あるいは求めたものは、おそらく土山と同じ種類のものなのかもしれない。 

 2019年10月。尚玄主演の映画が制作されることが日本の映画界で密かに話題になり始めたていた。理由はブリランテ・メンドーサが監督を引き受けたことにあった。メンドーサ監督は、ベルリン、カンヌ、ベネチアといった世界メジャー映画祭で幾度となく賞を奪っている世界的名監督で、俳優に台本を渡さないという特異な手法を用いることでも知られる。「演じる」のではなく「生きる」ことで俳優の「生」を極限まで引き出し、ドキュメンタリーのようなリアルな体温を作品を反映させる。メンドーサ監督の作品に尚玄が主演するという事実は外から見れば奇跡的に映ったことだろう。微かな嫉妬を含んだ羨望の眼差しが尚玄に注がれる。だが、これは無条件で手に入れた幸運ではない。尚玄はプロデューサーの山下貴裕と共にフィリピンへ渡ってメンドーサ監督を自ら口説き落とす。俳優としてこの作品にすべてを賭けていた尚玄の情熱が巨匠メンドーサ監督を動かしたのだ。 

 2020年1月末。尚玄はフィリピンに渡った。何もないところから歩き始めて7年かけてようやく辿り着いた約束の地。メンドーサ監督、スタッフと合流してクランクイン。 この映画は2020年の東京オリンピック、パラリンピックというビッグイベント後にシンクロして公開されるようにスケジュールが組まれていた。だが、世界はすでにコロナというパンデミックに侵され始める。映画制作は着地点が見出せないまま長期に渡って漂流することになる。 尚玄は先の見えない状況下になっても鍛え抜いたボクサーとしての身体と、内在させている津山尚生という役を懸命に維持させながら、暗闇の中で光が差すそのときを待ち続けた。

キングスカイフロンKJAWASAKIトアートフェス 2022/4/23 24